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東京地方裁判所 昭和37年(行)36号 判決 1963年11月21日

原告 加山新平

被告 東京都知事 外一名

主文

原告の被告東京都知事に対する請求および被告小泉よしゑに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

1、被告東京都知事との間で、被告東京都知事が昭和二四年一月一〇日付売渡通知書をもつて亡小泉島右衛門に対してした別紙目録および図面記載の土地の売渡処分は無効であることを確認する。

2、被告小泉よしゑとの間で、被告小泉よしゑは別紙目録および図面記載の土地につき所有権を有しないことを確認する。

3、訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告東京都知事の申立

(本案前の申立)

1、本件訴を却下する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

(本案についての申立)

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

三、被告小泉よしゑの申立

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、原告の主張

(一)  原告は、昭和一一年ころ別紙目録および図面記載の土地(以下単に本件土地という。)の前所有者鴨下久の被相続人鴨下とし子から本件土地を無償で借り受け、その後右とし子が死亡しその家督相続人たる久の代になつてからも引き続き本件土地を権原に基いて占有し植木の栽培その他苗木の育成のため使用収益しているものである。

(二)  ところが、被告東京都知事は、本件土地を前記鴨下久より自作農創設特別措置法第三条の規定により買収したうえ、これを小泉島右衛門に対し、売渡の時期を昭和二三年一二月二日とする昭和二四年一月一〇日付売渡通知書をもつて同法第一六条の規定により売り渡した。

(三)  しかしながら、右の本件土地の売渡処分(以下単に本件売渡処分という。)は、次の理由により無効である。

(1) 本件売渡処分は、本件土地が農地でないのにこれを農地として買収した無効な買収処分を前提とする点で重大かつ明白なかしがある。すなわち、本件土地は、前記鴨下とし子の先代鴨下栄蔵の屋敷跡であつて、前記のように原告が鴨下とし子より借り受けてからはずつと植木の栽培等のために使用されていたのであり、買収当時も地目こそ畑であつたが農地ではなかつた。

(2) かりに、本件土地が農地でないとはいえず買収処分が無効とはいえないとしても、本件売渡処分自体に次のような重大かつ明白なかしがある。

まず、本件売渡処分は売渡の相手方となる適格性を有しない者を相手方としている点で重大かつ明白なかしがある。すなわち、本件土地の売渡をうけた小泉島右衛門は本件土地の隣地の耕作者であつて本件土地の耕作者ではなく、しかも同人は車夫であつて専業農家ではなかつたから、売渡の相手方となる適格性を有しなかつたのであるが、被告東京都知事は小泉島右衛門が本件土地を当時耕作の用に供している小作地である旨虚偽の申告をしてなした買受申込に基いて同訴外人に売渡処分をなしたものである。

(四)  ところで、小泉島右衛門は昭和三三年三月二九日死亡したが、その相続人被告小泉よしゑは本件土地の所有権を相続により取得したとして本件土地上にある原告所有の物件の収去を求めている。

(五)  よつて、被告東京都知事に対しては、本件売渡処分の無効であることの確認を、被告小泉よしゑに対しては、同被告が本件土地につき所有権を有しないことの確認を、それぞれ求める。

(六)  被告東京都知事の本案前の主張に対し、

原告が本件土地につき自作農創設特別措置法第一七条の規定による買受申込をしていないことは認めるが、原告は前記のように正当権原に基き本件土地を使用しているのであるから、買受申込をしていなくとも、本件売渡処分の無効確認を求める利益を有する。

二、被告東京都知事の主張

(一)  本案前の主張

原告の主張(一)の事実は否認するが、同(二)の事実は認める。しかし、原告は自作農創設特別措置法第一七条の規定による買受申込をしていないから、本件売渡処分が無効となつても本件土地について権利を取得することはあり得ないというべく、したがつて原告は本件売渡処分の無効確認を求める利益を有しない。

(二)  本案についての主張

原告主張(三)は争う。本件土地は農地であつて、もと訴外鴨下久が所有し、昭和一五、六年ころ被告小泉よしゑの亡夫小泉島右衛門が右鴨下久から借り受けそれ以来引き続き耕作していたので、被告東京都知事は自作農創設特別措置法第三条によりこれを鴨下久より買収したうえ同法第一六条、同法施行令第一七条の規定により耕作者たる右小泉島右衛門に売り渡したもので、本件売渡処分には何らの違法もない。当時原告が本件土地を耕作していた事実はなく、その後になつてから原告は本件土地の一隅を占有しはじめ、徐々に占有部分を拡大して今日に至つたのである。しかも原告は、他に農地を有しない非農家であつて、自作農創設特別措置法第一六条、同法施行令第一七条の規定による売渡の相手方とは到底なりえなかつたのである。

原告主張(四)の事実は知らない。同(五)は争う。

三、被告小泉よしゑの主張

原告主張(一)の事実は否認する。同(二)の事実は認める。同(三)は争う。同(四)の事実は認める。同(五)は争う。被告小泉よしゑの亡夫小泉島右衛門に対する本件売渡処分には何らのかしもなく、本件土地の所有権は右小泉島右衛門の相続人たる被告小泉よしゑにあるから、原告の請求は失当である。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、被告東京都知事に対し本件売渡処分の無効確認を求める請求について

(一)  被告東京都知事が本件土地を訴外鴨下久より自作農創設特別措置法第三条の規定により買収したうえ、これを小泉島右衛門に対し、売渡の時期を昭和二三年一二月二日とする昭和二四年一月一〇日付売渡通知書をもつて自作農創設特別措置法第一六条の規定により売り渡したことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、原告は本件売渡処分の無効確認を求めるにつき訴の利益を有するかどうかについて検討する。

(1)  原告は、まず本件土地は農地でないから本件土地の買収処分は無効でありこれを前提とした本件売渡処分も無効であると主張し(原告主張(三)の(1))本件売渡処分の無効確認を求めているが、本件土地の買収処分が無効ならば売渡処分が原告の法律上の地位に影響を及ぼすということはありえないから、かりに原告が本件土地の被買収者たる鴨下久に対し本件土地を占有し使用収益しうる何らかの権限を有しているとしても、買収処分の無効確認を求めるのならば格別、買収処分の無効を前提として売渡処分の無効確認を求めることは訴の利益を欠くといわなければならない。もつとも、行政処分の無効確認判決の行政庁に対する拘束力は、判決主文を導き出した前提問題についての判断についても生ずると解されるから、本来買収処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するものは、買収処分の無効確認を求めることなく単に買収処分の無効を前提理由として売渡処分の無効確認を求めても訴の利益を認められるのではないかという反論が考えられないでもないので念のため付言すると、申立自体について判断を求める利益を有しない以上、申立を理由づける前提問題について判断が加えられる場合にその判断が原告に有利に作用するかも知れないからといつて訴の利益が認められないことは、申立を訴の核心にすえこれに対する裁判による応答を通して紛争の解決を図ろうとしている訴訟法のたてまえからみて当然であり、前記のように行政処分の無効確認判決は主文を導き出した前提問題についても拘束力を生ずるということも、買収処分の無効を前提として売渡処分の無効確認を求める利益を肯認しうる理由とはなりえない。従つて、この主張はそれ自体失当であるけれども、後記のように本件買収処分が無効であることは認められないから、この理由で原告が本件売渡処分の無効確認を求める利益がないとはいうことができない。

(2)  原告は、次に本件売渡処分自体のかしを理由として(原告の主張(三)の(2))本件売渡処分の無効確認を求めているが、他人に対してなされた自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡処分の無効確認を求めるにつき訴の利益が認められるためには、自ら当該土地の売渡を受けうる地位にある等他人に対する売渡処分が無効であれば利益取得が可能となるような事情の存在を必要とする。本件の場合、原告が自作農創設特別措置法第一七条の規定による買受申込をしなかつたことは当事者間に争いがないけれども、農地法施行法第一三条により自作農創設特別措置法第三条の規定による買収処分は農地法第九条の規定によつてした買収処分とみなされるので、原告が農地法第三六条第一項所定の要件を具備している者であれば、本件売渡処分が無効である場合には本件土地の売渡を受ける機会を得られることになり、原告が自作農創設特別措置法第一七条による買受申込をしていなかつたからといつて直ちに本件売渡処分の無効確認を求める利益を有しないとはいえないであろう。しかし、原告が農地法第三六条第一項所定の要件を具備していると認めうるような資料は何もない。したがつて、この点からみれば、原告は本件売渡処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないように見える。しかしながら、成立に争いのない甲第一号証、原本の存在と成立に争いのない丙第五号証の三ならびに証人本橋政明の証言および原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和一一年ころ本件土地の当時の所有者である鴨下とし子から本件土地を期間を定めず無償で借りうけたこと、その後同女が死亡し、本件土地の所有権は鴨下季雄へ、更に同人から鴨下久へと相続により順次移転したが、原告は引き続き本件土地を借りて苗木づくり野菜づくりのために使用していたことが認められるところ、自作農創設特別措置法によれば、農地買収により当該農地に関する権利は消滅するが、買収により政府が取得した農地につきその取得の当時賃借権、使用貸借による権利、永小作権、地上権または地役権があるときは、同法第一二条の二第二項の場合を除いて、その取得の時に当該権利を有する者のために従前と同一の条件をもつて当該権利が設定されたものとみなされ(同法第一二条)、このようにして権利の設定された農地につき同法第一六条の規定による売渡があつた場合においてその権利を有する者が当該農地の売渡の相手方でないときは、この権利は当該農地の売渡の時期に消滅する(同法第二二条)こととされているから、買収当時鴨下久に対して使用貸借上の権利を有していた原告としては、本件売渡処分が無効であれば本件土地につき自作農創設特別措置法第一二条第二項により設定されたものとみなされた使用貸借上の権利を国に対して主張できることとなり、この点で原告は本件売渡処分の無効確認を求める法律上の利益を有するということができる。

(三)  そこで、本案に入り本件売渡処分が無効であるかどうかについて判断する。

原告は、本件売渡処分は売渡の相手方となる適格性を有しない者を相手方としている点で重大かつ明白なかしがあるから無効であると主張し、被告東京都知事は、買収当時における本件土地の耕作者は小泉島右衛門であり同人を相手方とした本件売渡処分には何らの違法もないと主張するので、この点について検討するのに、売渡処分が売渡の相手方を誤つたという点で無効となるためには処分庁がこの点の認定を誤つたというだけではなく誤認が客観的に一見して明白であることを要すると解すべきであるが、本件土地の買収の時期当時において原告が本件土地の適法な耕作者としてこれを耕作していたことが客観的に一見して明らかであり、したがつて処分庁が小泉島右衛門を買収の時期における耕作者であつて第一順位の売渡の相手方に当ると認定したことが誤認であると一見看取しうるような場合であつたということを認めるに足る証拠はなく、かえつて原本の存在と成立に争いのない丙第五号証の一、二および証人桜井米蔵の証言を綜合すると、買収の時期当時における本件土地の適法な耕作者が小泉島右衛門であるか原告であるかは客観的に一見して明白ではなかつたことが認められる。また小泉島右衛門が自作農として農業に精進する見込がなく、しかもこれが客観的に一見して明白であつたということを認めるに足る証拠もない。したがつて、小泉島右衛門を第一順位の売渡の相手方としたことが誤りであるとしても、この誤認は本件売渡処分の無効原因とはならない。

よつて、本件売渡処分の無効確認を求める原告の請求は理由がない。

二、被告小泉よしゑに対し同被告が本件土地につき所有権を有しないことの確認を求める請求について

(一)  被告東京都知事が本件土地を訴外鴨下久より自作農創設特別措置法第三条の規定により買収したうえ、これを、小泉島右衛門に対し、売渡の時期を昭和二三年一二月二日とする昭和二四年一月一〇日付売渡通知書をもつて自作農創設特別措置法第一六条の規定により売り渡したこと、右小泉島右衛門は昭和三三年三月二九日死亡したこと、同人の相続人である被告小泉よしゑが、原告に対し、本件土地の所有権を取得していると主張して本件土地上にある原告所有の物件の収去を求めていることは当事者間に争いがない。

(二)  しかし、本件土地の買収処分当時、本件土地が農地ではなくかつそのことが客観的に一見して明白であつたということを認めるに足る証拠はない(かえつて、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地を苗木の栽培と野菜作りに使用していたことが認められ、本件土地が農地でないといえるかどうか疑問であるのみならず、かりに農地にあたらないとしてもそのことが客観的に一見看取しうるような状態でなかつたことがうかがわれる)から、本件土地の買収処分が無効であるということができないうえ、本件売渡処分自体にも無効原因が存在するといえないことは一の(三)において述べたとおりであるから、小泉島右衛門は本件売渡処分によつて本件土地の所有権を取得したといわざるを得ない。

よつて、小泉島右衛門の相続人たる被告小泉よしゑに本件土地の所有権が存在しないことの確認を求める原告の請求も理由がない。

三、むすび

以上の次第で、原告の被告東京都知事に対する請求および被告小泉よしゑに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田嶋重徳 桜林三郎 小笠原昭夫)

(別紙目録および図面省略)

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